クロスが創業されたのは今からさかのぼること170年前の1846年。
当時は金や銀の宝飾品の加工を主な業務にしていました。クロスは万年筆を手がける以前から、
筆記用具の世界にイノベーションを持ち込む意欲的な会社であることが知られており、
軸が伸び縮みする鉛筆や現在のボールペンの原型となるペンなど、さまざまな特許を取得しています。
この発明家精神は、アメリカ万年筆の根底を流れるスピリットであるように思います。
アメリカの開拓精神を技術面に生かし、数多くの発明家が生まれましたが、
その多くが筆記用具、とりわけ万年筆に着手したのは偶然とは思えません。
クロスの本社は今も、創業時と同じロードアイランド州リンカーンにあります。
ロードアイランド州は最も小さい州ですが、アメリカ独立13州のひとつで、
北米最古のユダヤ教礼拝堂を有するなど、アメリカ黎明期の要所です。
その歴史を筆記用具の形で今に伝えているのがクロスなのです。
開拓精神や独立精神を、無意識のうちに喚起させてくれるような気がします。
会社説明には真っ先に、従業員のSkill and Dedication(技術と献身)がわが社を成功させたという
従業員への賛辞が述べられており、社員を大切にしてきたことが伺えます。
そんなクロスの製品には、従業員の自社愛がつまっており、それがクロスの万年筆を長く使いたくなる
理由のひとつとなっているのかもしれません。
金や銀の宝飾品の加工がルーツであるクロス。そのアイデンティティをあらわしたモデルが
タウンゼントコレクション706 10金張です。淡く上品なシャンパンゴールドの10金を
ボディとキャップに張り、金の持つ豪奢さを生かしながらも、極めて静的な雰囲気をまとったモデルです。
クロスの長い歴史を感じさせる、アールデコ調の円柱のデザインが、時代を超えた美しさを放ちます。
一方インクの吸入方式は、実用性とすばやさのあるカートリッジ、コンバーター両用式を採用しています。
あくまでビジネスシーンのお供として役立てて欲しいという、
アメリカ万年筆ならではの実践性も魅力です。
アポジー・ブラックラッカーもクロスの魅力を存分に発揮した一本で、漆黒という言葉通りの
漆を用いた黒い軸は、渋さと強さを感じさせる、いかにも旧き良きアメリカという印象です。
高級車のキャデラックと同じマインドを感じさせます。
そのデザインの美しさのみならず、18金ペン先ロジウムプレートによる書き味のよさも魅力です。
クラシカルなモデルの一方で、ATXに見られるような、装飾を排した
モダンなスタイリッシュさを追求したモデルは、IT機器の立ち並ぶ現代のビジネスシーンに溶け込み、
今までにない近未来的な万年筆の使用風景を生み出す可能性を感じさせます。
一万円を切る手ごろな値段も相まって、若い世代にも万年筆のみが持つライティングの魅力、
脳が静かに、しかし活発に動く魅力を伝えてくれるに違いないでしょう。