1888年、まだ手を汚さずに文字を書くことは出来なかった時代に、
ジョージ・サフォード・パーカーはパーカー・ペン・カンパニーを創設しました。
当時、まだ人々にとって書くという行為が一般に普及していなかったのには、
2つの大きな理由がありました。それはペンの絶対数が足りていなかったことと、
インクが漏れるために手が汚れるということです。パーカー氏はインク漏れのない
万年筆を世に送り出すことで、この問題を解決し、社会を前進させようとしたのでしょう。
それは折りしも、産業革命によって人々の働き方が
単純労働から知識労働へとシフトを始めた時代とリンクしました。
1921年に、パーカーの社史に残る万年筆が、世に向けて船出をしました。それがデュオフォールドです。
発売開始当時の赤いデザインから、「ビッグレッド」とも呼ばれるこの万年筆は、
この時代を代表する一本といわれるほど、堅牢な実用性とスタイリッシュなデザインが調和した、
完成度の高い万年筆でした。当時はそれと同時に、最も高価で贅沢な一本でもあったわけですが、
それから90年のときを経た現在では、多くの方が手の届く価格設定にしてデュオフォールドを提供しています。
90年前に栄華を誇った一本は、現在でもそのスタイリッシュさが普遍性を持っていることを
確信させるものです。ともすればプレミアムモデルとして値上げをされてもおかしくない
成り立ちを持つモデルであるにもかかわらず、手に入れやすい価格で提供しているところに、
より多くの方にその書き味を味わってもらいたいという創業時の理念が息づいているように思えます。
自動車やインフラなど、多くの分野で雛形が生まれたこの時代を代表するデュオフォールドは、
万年筆の定番の形を提示したといっていいのではないでしょうか。
万年筆の歴史の最初期から、その足跡を積み上げてきたパーカーは、万年筆の原点とも言えるものです。
パーカーの万年筆は基本的に細身であり、デザイン上の起伏も少ないものですし、
色合いも黒や、素材のメタルをそのまま生かしたものが多くみられます。
これは1900年代前半には万年筆が、現代のIT機器と同じように、
企業戦士にとっての剣であったことの名残が感じられます。パーカーの万年筆を使うときには、
現代社会の基礎を築いた彼らの姿に思いをはせることもまた、楽しみの一つではないかと思います。
パーカーの万年筆は、IMやソネットといったモデルでは
数千円単位から手に入るというリーズナブルなものですが、それは自動車競技用のベース車両が安く手に入ったり、
入門者向けの便利機能を排したプロ用の工具が安く手に入るのと同じことです。
機能を追及した男の仕事道具は、あまり財布に負担をかけないという心配りまでもしてくれます。
それは、仕事を志すものへと門扉を広げることで、様々な才能がその業界に参入することにより、
社会が活性化していくという信念を表しているものではないでしょうか。
産業革命後の競争を勝ち抜いてきたパーカーからの、若い社会人へのメッセージとも受け取れます。